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教えてお寺さん!

(寺報「もったいない」の掲載文をアップしていきます)

Q  毎年12月に自宅の仏壇で報恩講を勤めていますがどういう仏事ですか?

A 親鸞聖人の法事です

親鸞聖人が浄土真宗のみ教えを明らかにしお念仏をおすすめくださりました。報恩講は私たちがみ教えに出遇うことができたことを喜び、親鸞聖人のご恩に報いる仏事です。

本山では一月九日~十六日に報恩講を勤めます。門徒はその前にお取越し(時期を早め)て勤めます。十一月~十二月にかけて自宅で報恩講を勤めます。お寺では九月~十一月にかけて行うことが多いですが、永楽寺では農家の繁忙期を避けて、また暖かい時期にということで六月にしています。

以前は○○忌という法事のように親戚が集まりお斎(食事)を用意することが多かったようですが、現在は家族そろってお参りをする仏事になっています。

毎年勤めているお宅には伺っておりますが、私の仏壇でも報恩講を勤めたいという方はお寺までご連絡ください。

 

Q 永楽寺の宗派を教えて下さい

A 浄土(じょうど)真宗(しんしゅう)本願寺派(ほんがんじは)です

浄土真宗は通称「門徒(もんと)」と呼ばれます。

門徒とは「一門のともがら」ということで浄土真宗の信者を指す言葉になっています。

本願寺派は通称「お西」と呼ばれます。大谷派が「お東」と呼ばれます。これは本山が東西に位置するためです。本山は「本願寺」が正式ですが「西本願寺」と呼ばれています。

 

Q 永楽寺のご本尊を教えて下さい

A 南無阿弥陀仏(なもあみぶつ)です

ご家庭のお仏壇のご本尊も南無阿弥陀仏です。

「阿弥陀如来」「阿弥陀さま」でも間違いではありません。お釈迦様ではないの?という思いをされた方もいらっしゃるかもしれません。姿がお釈迦様のようですね。お釈迦様は阿弥陀さまがこの私を救う「法」を説かれた方です。お釈迦様は実在された方ですが、阿弥陀さまは「法」ですから姿・形がありません。私の為に「声」となってあらわれてくださいました。それが「南無阿弥陀仏」です。

 

Q 浄土真宗ではお盆のお飾りに気をつけることはありますか?

A お盆だからという特別なお飾りはありません

世間一般では、お盆は「死者の魂が戻ってくる期間」で、そのお参りは「死者をなぐさめるためにする」という見方や思いがあるかと思います。しかし、浄土真宗ではそのようにはとらえないのです。いのち尽きた方は、阿弥陀仏のはたらきによって、お浄土に生まれ、ご縁あった人に正しく導いてくれる仏さまになる、そう示されているからです。つまり亡き人は私たちにとってかけがえのない仏さまなのです、その仏さまに対して「何とかしてあげよう」と思うよりも、むしろ、亡き人に手を合わせることを通して何かを教わる、そうした気持ちを持つことが大切なのです。それはお盆に限らず、ご命日のお参りなどでも同じです。お膳や迎え団子は必要ありません。

 

Q 浄土真宗では喪中で新年を迎える時に気をつけることはありますか?

A 喪中だからという特別な行いや決まり事はありません

世間一般では、身内や近親者が亡くなった時、「喪中ハガキ」を出し、神社への参拝を控え、新年会への参加を控えます。

 それはなぜですか?と聞けば、おおかたの人は「一般常識だからです」と答えるでしょう。でも、その常識がどこから来ているのか、なぜそうなのかということについては、ほとんどの人は気にしません。

まず「喪中」という言葉は、仏教と関連がありません。「喪中」という言葉の本当の意味は、「死者が出たことによって、死者の行く世界への扉が開き、ケガレが親族に乗り移ったので、それをまわりの者に移さないようにするために、一般社会との関係を絶つ」ということです。「悲しい気分で、喜ぶ気分になれないので、祝い事は遠慮する」というのは、後から付けられた意味です。「喪中」という言葉は、ケガレ、死者の国、といったキーワードを元にした、日本土着の信仰から来ているものです。

 

Q 法事は命日より早めるのは良くて過ぎると良くないのですよね

A 早い遅いで善し悪しはありません 勤めることが大事です

法事は祥月命日にするのが本来です。しかし集まる家族の都合で命日に近い前の日曜日にすることが多いと思います。しかし命日よりも遅くなっては悪いということはありません。家族の都合や怪我で遅れることがあっても気にすることはありません。

過ぎてしまうと気持ちが落ち着かないのでしょう。命日よりも前に済ませると安心することもあり早くされる方が多いです。

なにより法事を『勤めさせていただく』という気持ちが大切です。亡き方をご縁として家族が集い、出会えてよかったねと、繋がりを確認することも大切でしょう。また、できるだけお子さんも法事にお参りしてもらいましょう。『将来子供がお仏壇をみてくれるだろうか』と心配するよりも、まず大人の『お参りをする姿』を通して大切なことを伝えていきましょう。

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